筆者プロフィール

シオツタダシ。徳島市出身。
中学時代に生徒会長の職に就くなどアグレッシブにやっていたが
高校時代から急に路線が変わり、休み時間になるとサングラスを
着用するなど奇行も目立つようになる。当時は福山雅治に対
するリスペクトが尋常ではなかったため、普段着として常にその
頃 福山がCMで着ていた黄色いシャツに濃い色のジーンズ姿を
真似ては街を練り歩いていた。早稲田大学卒業後、マスコミ業界
に飛び込む。正直 頭が良いのか悪いのか分からないところが、
シオツの最大の魅力であると言えよう。好きな漫画家:漫画太郎。
最近ではこのコラムがセルビレッジの社説化してきている。

    このコラムは基本的に“木曜日”更新です。

   









       知



先日、思い立って大阪に行った。
目的はいろいろあったのだが、その一つは司馬遼太郎の記念館に行くことだった。
記念館は東大阪市というところにあり、難波から近鉄電車に揺られながら20分ほどのところになる。
記念館といっても、司馬遼太郎の執筆していた家と新しく建てられた資料館という二つの建物があるだけなのだが、入り口でウチワを渡された。庭が雑木林となっているだけに蚊が多いらしいのだが、その庭を通り抜けると仕事場が見えてきた。
圧倒されたのは本棚。何かものを書くときは常時数百冊を仕事場の本棚に入れてものを書いたそうである。しかし、驚いてはいけない、蔵書は数万冊。家の廊下まで本棚にし、それでもたらずに玄関まで本棚を置いたというからとんでもない。
知の巨人としかいいようがない。
記念館はその隣にある鉄筋コンクリート製の建物でここにもまた、蔵書の一部や著作がおいてある。72年という人生の中でコレだけの本が読みきれるのかと疑問にも思わずにはいられないが、しかし、彼の著作の数だけ見ても日本の小説家として第一等の人だと思うし、
日本人として読んでいなければならない作家であろうことは間違いない。
日本人として、いかに生きるか。世界の中の一人の人間としてどう物事を捉えねばならないのか。そして日本とはどういう国なのか。司馬史観なる言葉でフィクション部分の攻撃をする人間がいても、かれの作品は決して揺るがない。

以上、感想 。













      歌




最近の曲にはほぼ関心がない。ラップかなにか、お経のようなのがいいという人もいるが、
私的には聞いていて気持ちのいいものではない。韻をふんでいるとか、そんなことはどうでもいい。かといって、メロディーのどぎついのがいいのかというとそうでもない。
実際問題、あまり今の歌に興味がないのかもしれない。ただ、いまカヴァーアルバムがどんどん、またR35とか昔の歌を集めているアルバムが続々出ているのを見ているとどうもこう思っているのは自分だけではないらしいと思う。
そもそも、自分があ~日本の歌がだめになったなあと思ったのは小室哲哉プロデュース曲が世を席巻してきた時期である。どれをきいても同じとおもった。とりあえず、言いたいことがなくなったら「Wow Wow」である。そのあとはラップ、黒人の魂の叫びみたいなものが基本的にあちらのラップの本流だと聴いたことがあるが、日本のものは情けない青少年の主張もしくは悲しいサラリーマンの叫びだったりする。しかもお経テンポで。
なぜ日本人は極端なのだろう?ブームがおこれば乗りたがる。乗らなければ馬鹿にする。
(そもそも、コレがラップかどうかも分からんが「DAYONE」のあと、「そーたい」とかいろいろ出来てたが、正直馬鹿かと思った。)
そんななかで、意外といいなと思った曲があった。東京出張のため、飛行機に乗っていたときのことだ。普段なら本を読んでいるのだが、なぜか耳に刺激が欲しくなった。
かといって、最近のうるさいだけの曲も聞きたくないと、ちょっと趣向を変えてみた。
「ちあきなおみ特集」。う~ん、渋いぜ。渋くて古臭いスナックにいるような気分だぜ。
と、聞いてみた。喝采をふくめ3曲だったが、これが意外とよい。なにせ同じ人が歌っているのにこれが同一人物が歌っているとはとても思えない。声が変わった?歌い方が変わったのかもしれないが、コレはすごいと思った。それで聞き終わって少し思った。
Wow wowもなければ、へんな旋律でもない。第一、変な横文字が入らない純粋日本語なのである。しかもすっと入れる。俺だけかもしれないが、なんかファンになった。














      CHANGE




ドラマは終わった。最終回、約20分のノー編集演説の感想はやめておこう。チャップリンの独裁者が一時頭をよぎったのだがちょっと・・・。木村さんの演技はともかく、中身はある程度考えさせられる内容だった。特に「親分が黒なら子分も黒」というような意味合いのせりふが印象的だった。つまり親分議員がノーといった時には子分議員が承服していなくても親分が言うから自分もノーにせざるを得ないということである。
私としては、大学時代、政治学科にいながらなぜ政党を作らねばならないのかということについてあまり関心をもてなかった。同じ理念、考え方を持っている人たちが集まって、その理念のために多数化したものが政党というように教えられたような気がするが、しかし、防衛問題、予算の使い道などそれぞれ考え方も違ってくるのではないかという疑問については私が授業を受けた講義でしっかりした答えを言ってくれる先生はいなかった気がする。数字の1がなぜ、1をあらわしているのかと子どもが悩むようなあまり考えなくてもいいような話なのかもしれない。しかし結局、あまり生きた政治を教えてもらってなかったのか?という気もしてくる。さらっと自分の考えを述べてしまうと、政党とは集金能力のある親分が、子分を当選させるために金をばら撒き、なおかつその子分の数の論理を持って自分の欲を満たそうとする性質のものであるということにいきつく。さらにそれが雪だるま式に増殖していき、なおかつそれにアメリカなどの外圧が加わってわけの分からないものとなっていくという構図なのだろうと思おう。
では健全な政治形態とはどういうものだろう。
大多数の人間が住まう国々では間接民主制がとられることが一般的なのだが、ここでどの国々でも政党が生まれてくる。私としてはここで政党を組む必要性はないと考える。そういう考えなのだが、そこはやはり数なのだろう。ただ、政党というものがなければ、各案件ごとに同じ意見を持つ議員があつまって、その問題が片付くまで徒党を組む。それで多数化工作をし、裁決を経るという仕組みが構築できそうな気もする。

実際には面倒だし、共同目的に立ち向かう連帯意識も生まれてこないからやはりだめなのか?たしかに選挙時にはこの政党に入っているからこういう考えに違いないという判断材料にはなりうる。理想と現実はやはり違うし、時間的に足りないこともあり不可能であることは分かっている。だからといってやはり国民のためになる政治形態というのはこういう形なのだろうと私は確信している。原始的な民主制といえなくもないが、規模を考えるあまりに議員が違う意味で楽をしている、あるいは考えない風潮を生み出すことで国民に不利益を導き出していないか、憂慮する。













      自分で




プライマリーバランスの均衡という日本丸の至上命題が達成できないという。いうまでもなく日本の財政は大幅赤字で、この至上命題が達成できないとなると国際的に日本の相対的地位、信用力が揺らぐことになる。
何が原因か?無能な政治家、官僚が利益団体に無用な金を出し、それにも飽き足らず、自分たちの深夜のタクシー代、華麗な外遊代金を国家財政から吐き出させているからだ、といってしまえば楽なのだが、何もそれだけではない。もちろん理由の一つとして上げられるのだが、私たち国民側も考えねばならない時にきているのではないか?何でも国に頼る。例えば医療費。なんと33兆円という金が1年に消費されているというのをテレビで見た。急病人、重病人のひとには金を使ってもいいが、無駄な薬やちょっと風邪を引いたからなどという理由で病院にいくなと、私たち善良な納税者は思うのである。
ちなみに私はここ数年病院にいってない。行けないのだ、忙しくて。
私は生活が厳しくて、体が悪くて・・・という人は病院にいかなくてよいといっているのではない。考えて通院してくれといいたいのである。
ほかにもある。
公務員数の減員である。公務員の数が多いといわれて久しいのだが、それはそんなに長い期間でもない。ココまで多くなったのは1940年代、日本が戦時中の話で、国民全員を戦争に協力させるため、公務員数を増やしたというのである。そこからの減員はあまり行われていないという話。むしろ増えているのかもしれない。じゃあ、その増えた分どうなっているの?仕事をしていないというわけにはいかないので、必要以上に住民サービスをしているという話になりはしないだろうか?ケネディはこういった「国家が何をしてくれるのではなく、国家に何ができるのか」。
もともと日本人は自分で出来ることは自分で、民間は民間でという意識の強かった国民で、特に江戸時代などはその傾向が強かったらしい。たとえば100万人が住んでいた大都市江戸にどれだけの警察官がいたか?確か50人以下だったような記憶がある。いかに日本人がこの傾向が強かったかについてはまた今度機会があれば書くことにしようと思う。














      駅の話




先日、兵庫に行った。姫路城と有馬温泉に行くのが目的で、まず新神戸駅に降りた。(神戸駅は別の場所にある)神戸といっても新神戸駅は山がすぐ後ろにまで迫っていて、裏山には布引の滝といわれる滝があり、こんな街中にこんな自然が残っているというのは非常に驚きだった。
神戸の繁華街の三宮まで市営地下鉄で1駅という立地で、アクセスはいいのだろうが、しかし、考え方によってはなぜこんな場所に「新」という冠のついた神戸駅を作るのか?たしかに神戸くらいの大きな都市になれば新幹線の駅があっても何の文句もないが、それはそれ。在来線と平行になぜ新駅を作る必要があるのか?私はてっちゃんじゃないので、理由は知らない。用地が確保できないからとかいろんな理由があるのだろうが、しかしやはり地域地域の駅は1箇所に統一できないものだろうか?
たしかに道路のバイパスは分からないではないのだが、駅までバイパス化する必要ないんじゃない?というのが私の意見なのだ。そもそもバイパスって考え方はアメリカ的な考えだと聞いたことがあるが、狭い日本なんでもかんでもバイパス化は非効率だし、あんまり意味がない。
博多から数えていっても、新下関、新尾道とかいくつあるのか分からないが、在来線とは違う場所にある。
しかも、これらの駅維持費に自治体が補助金を出している例も少なくないようだ。
要は新幹線の駅=経済活性化という風に皮算用したが、結局赤字分を補填するという悪循環。しかも、こだま以外止まらない駅もあるからね。
やっぱり駅は1県に多くても2駅ってのが常識的じゃないかなと。
山口なんか新下関から新岩国まで5駅もあるんだから、これじゃ高速が売りの新幹線も全部止まっていられないからのぞみなんかは1駅にしか停車しないなんていう例もある。
だからこそ在来線と新幹線の駅は一緒じゃないといけない。
利便性もそうだし、財政的にも。いろんな選択肢があっていいのだろうけど、不必要な駅の運営費用を負担するのはどうかという気もするし。
その土地土地の顔である駅は都府県に1ないしは2つでいい。よほどの大都市でなければね・・・。人口も減り始めているし、あと50年後の日本人にあの駅があってどう思いますか?って聞いたとき、「金食い虫の建物ですよ、使い勝手も悪いし、昔の人は何を考えていたんでしょうね?」と悪態をつかれないように。














       進んでお金を使いましょう




たかじんの出ている「委員会」という番組で金銭感覚というお題でトークがあった。
金もないのに使いまくる人がいる一方で、金持ちほど金を使わないと出演者の誰かが言った。確かにそのとおり!と私は思ったのだがなぜ金を使わないかという点に興味を持った。
「江戸っ子は宵越しの金はもたない」なんていう言葉があったが、江戸では金をためるやつは「生まれぞこない」とまで言われたらしい。
つまり逆に言うと金をバンバン使ったから非常に金まわりがよかったということになる。
確かに今より20~30年も平均寿命が低く、老後の心配をほとんどする必要がなかったからだということも確かにあるのだが、それでもなぜそんなに金を使うことができたのか?については他に理由があるようだ。昔、調べたことがある。
先々週に江戸時代の江戸では民間でできることは民間でという気持ちが強かったと書いたが、町人とかいわれる人々には金持ち以外ほぼ税金を払わなくてよかったということをあげることができる。江戸の自治をまかせた大きな家が3つあって、これの借地料をただにすることによって、幕府は町の自治をこの3つの家にまかせたという。といっても土地は日本橋辺りの広い場所だったというから商売して大いに潤ったらしい。その金で警察やらなんやらいまの行政サービスをやらせるようなシステムだったようだ。また幕府は金持ち商人に長屋を建てさせている。その家賃は驚くほど安かったらしい。だから町人は金持ち商人が建てた長屋にうそのように安い値段で住むことができたし、食べるものも江戸周辺から安い値段で購入することができたらしいし、安く売られている古着なんかを着ている人が多かったらしいから金をためることをしなかったらしい。つまり金持ちが金を使うことによって、金持ちじゃなくても金をためることをせず、バンバン金をつかうことができたのだ。ある外国人が近世に存在したの国の中でどこに住みたいかを尋ねられたら、間違いなくそれは江戸時代の江戸だとこたえるといったらしい。外国にほとんど金が流出させず国内で金を循環させるシステムができていたということはあるのだが・・。
翻っていまの社会を考えよう。銀行は貸し渋りを始めているというし、大企業のトップは景気が悪い悪いという。

私から言わせればあなたがたが積極的に金をつかえば景気はよくなるのだよといいたいし、きっとそうすることによって社会の停滞感というものは少しずつだが改善されていくのだろう。これからの時代、やはり「民間のことは民間で」ということと「金は天下の回りもの」という気概が必要であろう。すくなくとも「景気が悪い」ということを強調するだけの経営者などは「生まれぞこない」という言葉があったことを胸に留めていただきたいし、社員還元、社会還元という言葉も覚えていただきたい。














      バカボンよりもなによりも





赤塚不二夫さんがなくなった。バカボンとかおそ松くん、ひみつのアッコちゃんの作者ではあるのだが僕の中での彼の偉業とは、タモリの育ての親という点だ。
バカボンとタモリ。直接的にはほぼつながらないものだ。笑い以外、つながりは見いだせない。もともとタモリを東京に連れてきたのは山下洋輔らしいが、自分のマンションをあてがって、自分は仕事場で寝る。福岡に返さないようにするためだったり、仕事が忙しくて帰れなかったなどなど、話はあるのだが、これはなかなか常人にできることではない。たしか赤塚さんは満洲からの引揚者で、少年時代に大変な時期もあったのだろうと思う。しかし、持ち前の明るさで自分だけでなく、世の人のために笑いを提供しつづけることが自分の使命だと思っていたのだろう。タモリしかり、自分の漫画作品しかり。
しかもこの2つは自由な存在である。やりっぱなしやるが、しかし言葉などで人を傷つけるようなことはほとんどない、節度がある、ギリギリだが。
そういえば、赤塚さんが病気で倒れた2002年以降からこれまでの間、日本はすっかり暗くなってしまったような気がする。しかも、作品に出てくる多種多様なキャラクターがまるで許されないような画一化された、型にはめられたような人間ばかりが増えていないか?人々の多種多様こそ、安定した平穏な社会を作る源だと私は思っている。
僕と誕生日が一緒という意味でも好きな人だった。














      終戦記念日





今年も8月15日、終戦の日を迎えた。
毎年この日に私はあることを考える。じじいくさい話なのかもしれないが
戦争で亡くなった人々があの世から今の日本を見て納得できる社会になっているのかということをである。そして私は毎年、こう思う。
亡くなった人たちは納得できていないだろうと。命を懸け、国を守ろうとしたにもかかわらず、この国は戦後63年たち、何が良くなり、何が悪くなったのか?
無差別的な殺人が頻発し、若者たちには職がない。優秀だと信じられてきた官僚たちはタクシーの中でもらったビールをあおりながら、次はどんな無駄遣いをしようか考える。
わずかな給食費をはらわず、外車を乗り回す親たち。
こんな人を生み出すために、そして守るためにかれらは死ななければならなかったのか?
そう考えるといつもこの日はすこし気欝になる。
一方で、こういう人たちの犠牲の上に成立したともいえる憲法の改憲論議さえここ数年活発化している。ここでいう憲法改正論議とはいうまでもなく戦争放棄9条に関する狭義のことである。国際社会に申し訳立たないなどという論調であるが、たしかに国際社会の正義のためならば、そういうこともあるだろう。しかし、正義とはアメリカ中心の正義なのである。
一方で、このアメリカは日本国憲法の大部分を作ってくれた。「戦争放棄」という一文。これは当時のアメリカ学者、法律を学んでいた生徒が理想とした理念であろう。いくら押しつけ憲法でも内容はどの国にも負けない素晴らしい理念なのである。戦争がないということは、素晴らしい。愛する人を失わなくて済むし、笑顔を見ることができる。先日、イラク戦争に従軍していた青年から話を聞くことができた。彼の主張は「9条は素晴らしい。世界に広めるべき価値のあるものだ」と。
あの戦争でなくなった人たちの犠牲を考えながら、改憲論議などするべきだ。

決して政治家がいうような未来志向で戦争に参加できるようにすべきなどと言うべき性格のものではないと私は思う。









      占守島

 

ほんの3~4年前まで、第2次大戦で外国軍に上陸を許したのは沖縄だけだと思っていた。しかし、それは間違いで、実は北でも壮絶な戦いがおこっていたのを知る人は少ないのではないか?場所は現在の北方領土。固有の領土は4島といわれているが、戦前の領土はもっと北まであったので国内といっても差支えなかろうと思う。
場所は表題みてもらえればいいが、「しゅむしゅとう」と読む。
ここに終戦後、ソ連兵が攻め込んできた。日付は8月18日。空爆などはそれより前、17日?らしい。8月15日に終戦と迎えているのにである。ちなみに日本とソ連は当時、日ソ中立条約を結んでいたのに、ソ連はこれを一方的に破棄している。
戦闘では日本軍が有利だったことが、日本側、ソ連側両方の死傷者数の記録からはっきりしている。しかし、結局、日本側は武装解除に応じた。
その後、島の日本軍はシベリアに抑留された。シベリアのタイガ地帯の伐採作業などにあたり、死ぬ人も多かった。
日本が連合国軍に戦争を仕掛けたのは間違いないことであるし、それも奇襲という方法で始めたことは疑いようのない事実なのだが、でも日本はソ連を攻撃していない。
ノモンハン事件という、戦争一歩手前の状態までいったという国境紛争はあるが、満州事変以前にあったはあったが、ここでは日本は完膚なきまでに叩きのめされている。

終戦後にもかかわらず、図らずも戦闘に加わり、シベリアへ送られ、日本へ帰ってこられなかった人がいることを忘れてはならない。











      人の迷惑考えて




「そんなの関係ねぇ」はちょっと古いが、そんな日本になりつつある。
つまり、人の迷惑考えず、己の利益を追求する社会になりつつあるという意味である。
そもそも論、戦前派の人から見れば私もわがままな個人になるのかもしれない。
(好きな仕事につき、ある程度の言論の自由も許されているという意味で)
が、自分ではそこまでわがままであるという認識はもっていない。
自己主張するときはするが、それほど重要じゃないときは「よきにはからえ」というのが私の心情だからだ。また、自己主張する相手が不特定多数に及ぶならば、私は計算のうえで譲ることもある。
しかし、今の社会、この計算事態もできないガキばかりが増えてきている。
しかも、それをありがたがるやつさえいる。
ライブドア事件などは象徴的な事例である。この事件で捕まったやつは学生時代、自転車を愛するあまり、他人の迷惑を考えずに学校校舎内の廊下に「愛車を駐輪していた」というのを、やつの同級生から聞いた。これが事実だとすれば、あれだけの事件を起こした理由もうなづける。自分はすべてに優先されるのである。
一方で、汚染された米を不特定多数に売るような業者まで現れた。これも利潤追求の原理に他ならないが、あきれてしまう。わずかな金を得るより以前に、人様の健康をどう考えているのか?
「金のためならなんでもする」という人はどんどん増えている。公共物の金属窃盗、捨てるのに金がかかるゴミの不法投棄などなど。
一方で「おてんとうさまが見ている」という言葉は最近聞かない。

日本人の文化は「恥の文化である」などと昔は言われていたらしいが、どうなっていくのか?まずは100ある「自分さえよければ」のうち1つでも2つでも「譲れるものは譲る」、「ひとのためになろうとする思いに変えていく」今この気持ちが必要なのではないだろうか。