はじめに
僕は大阪・キタの中崎町で、 “common cafe(コモンカフェ)”という、日替わり店主によるカフェを運営しています。
ここでは、カフェをやりたい、雑貨屋をやりたい、演劇や音楽、アートなどの表現活動をしたいという人たちが、一つのカフェ空間をシェアしつつ、自分たちのやりたいことを試しています。
このお店を4年間続けている間に、100人を超える人たちが店主としてお店に立ちました。
中にはその後実際に自分のお店を持った人もいますが、多くの人たちは、本業の仕事を続けながら、週1回、月1回のペースで自分たちのお店を自分たちのやりたいお店を続けています。
コモンカフェを運営していると、いつかは自分でカフェを開業したいという人や、実際にお店を始めた人の話を日々聞くことになります。彼らの試行錯誤を共有することにもなります。また彼らに何かしらを伝えるために、僕自身も“お店とは何か?”について、多くのお店に足を運び、多くのことを学んできました。
それは、実際にお店を始めるオーナーにとって必要な、日々の生活の中でモチベーションを落とすことなく、お客さんとの良好な関係を築き上げて、お店を続けていくためのさまざまな方法論です。
2000年前後に起こったカフェブーム以降、多くのカフェ開業本が書店に並び、また専門学校にはカフェ開業コースが開設されました。創業支援施設などで、カフェ開業についてのセミナーも数多く開かれるようになりました。そこでは、成功したカフェオーナーの話、ビジネスモデルの構築、事業計画書の書き方、物件の借り方、資金調達の方法、メニューの決め方、必要な機材・備品、告知宣伝の方法などを知ることができます。
ですが、お店をつぶさずに続けていくための知識については、開業前に知る機会がほとんどありません。ほとんどのオーナーは、実際にお店を開いてからこうしたことを学んでいきますが、知らなかったことが命取りになってしまうことも数多くあります。
今の時代、個人でカフェを開業して、ある程度の利益を上げて継続していくことはかなり難しくなってきています。
それでもカフェをやりたい、という人はいっぱいいます。
そして自己表現としてできたカフェが、他の人の自己表現を支える場にもなっています。
カフェという場は、人々が集まり、情報を交換し、刺激を受け、新たに何かを始めるきっかけをつかむことができる、そんな可能性を持っています。
この連載では、今の時代にカフェをはじめることの意味合い、お店を支える経済、お店に必要なコミュニケーション、そして社会に必要なインフラとしてのカフェを、社会全体で維持していくための方法論について、書き綴っていきたいと思っています。
なぜお店を閉めてしまうのか?
個人でカフェを始めて続けていくことが難しい時代になった、と言われます。
すでに多くのお店がまちなかにできている、特にチェーンショップが低価格でコーヒーを提供するようになっている、消費者の要求水準がどんどん高くなってきている中で、雰囲気やセンスの良さを前面に出す、メニューを充実させる、接客やサービスを向上させるといった努力を続けていくことなしには、お店を長く続けていくことは難しい、と。
飲食業界誌『cafe sweets』(柴田書店刊)の2002年1月の特集は「カフェオーナーになるためには」でしたが、2004年1月には「カフェを十年続けるためには」という特集が組まれています。
この2年間で、カフェを開業しても長く続けていくことは難しい、という認識が一般に広まってきたのでしょう。
実際にお店をオープンさせてから、1年も経たないうちに閉店してしまうお店は、少なからずあります。
でも、実際にカフェをすぐに閉めてしまった人たちが、なぜお店を閉めたのかを調べてみると、単に経済的な理由からという人は案外少ないのです。
もちろん、思っていたよりお客さんが来なかった、儲からなかったという、経営的な見通しの甘さがベースにあることが多いのですが、実際にお店を閉めることになった人たちの話を聞くと、もっと複雑な思いで閉店の選択をしていることが分かります。
お店に毎日はりつくのがしんどくなった、ややこしいお客さんに悩まされた、病気になった、共同経営者間の確執、近隣との折り合い、新しい物件オーナーに追い出された、賃料が上がった、火災が発生した・・・そこには、店主がお店を経営していくにあたって、それまで想定していなかった事情による閉店が、かなり多いということに気付きます。
むしろ経済的な問題だけの場合には、見栄があるので、借金したり外に働きに出たりしつつもどうにか持たせている、ということも多いようです。
カフェをやりたいという夢が膨らみ、それが一人歩きしはじめたときに、自分がそれまで抱いてきたイメージと、実際にお店をオープンさせた後の現実とが大きくズレる、ということは、往々にして起こります。それは経済的な見通しのズレだけではなく、お客さんのニーズを読み違う、自分のモチベーションが維持できなくなる、経営上のリスクを見誤る、といった種類のズレだったりします。
そのズレがあまりに大きくなると、お店を続けていくことができなくなるのです。
お店をオープンしてから思うこと
念願のカフェをオープンさせて1ヶ月。
自分のイメージにピッタリの物件を見つけて、あわただしく契約を済ませたのが半年前。それから内装のデザインを決めて、内装工事を手配して、家具や厨房機器、調理器具を買って、ホームページを立ち上げて、仕入れ先を決めて、メニューの試作を重ねて、保健所への申請を済ませ、オープニングの準備をしてと、あわただしい日々を過ごしてきた。
オープニングパーティには、たくさんの友達がお祝いに駆けつけて応援してくれた。
でも実際にお店がオープンしてからは、お客さんはほとんどやって来ない。特に平日はお店の前を歩く人もまばらで、お店の中にまでお客さんが入ってくる気がしない。お店を開けさえすればお客さんは来るものと思い込んでいたけれど、現実はそんなに甘くはなかった・・・
日々ランチの仕込みをして、ケーキを焼いていても、売れ残ったら捨ててしまわないといけない。一日の売上が数千円という日が続き、こんなことで家賃を払ってきちんと生計を立てることができるようになるのか・・・天気が悪いわけでもないのに、朝からお客さんがまったく来ない日には、私だけこの世の中から取り残されてしまったような気分になってくる。そういえば最近は友達もあまり来てくれないし・・・私のやり方、何か根本的に間違っているのかな・・・
オープン前には、準備の様子を日々ブログに書き綴ってきた。オープンしてからしばらくは、新しいメニューやお店に来てくれたお客さんのことを書いてきたけれど、ハイテンションでブログを書き続けることにも疲れてきて、更新も滞り気味に・・・カフェが大好きでお店を始めたのに、自分で始めるとほかのお店にはなかなか行けない・・・そもそも私って、一つの場所に縛られて仕事をするのに、向いていないんじゃないのかも・・・
今の時代にお店を立ち上げるには、かなりのプロデュース能力が必要なのですが、立ち上がったあとにお店を維持するのに必要なのは、毎日同じことをすることです。そして一人でお店をやっていると、お店からなかなか離れられなくなります。お客さんが来ない日が続くと、不安になり、気が滅入ってきます。
個人でカフェを営んでいるオーナーは、お客さんがやって来るのを待つ存在です。そんなに儲からないのに、重たい食材を持って毎日お店に入ることが、やりたいことがいろいろあるのにお店に縛りつけられて動けないことが、精神的にもしんどくなってきます。
今では経営が安定しているお店でも、オープン当初は全く人が来なかった、という話はけっこうあります。
自分の知り合いから始まって、その知人を呼んでくれたり、たまたま通りかかった人が入ってくれたり、雑誌などで紹介されてお客さんが来てくれたりするようになり、お客さんが定着するようになるまでには、オープンしてから少し時間がかかるものです。その間に、モチベーションを下げてしまうことなく上手にコントロールしていくことが、お店の立ち上がりの時期にはとくに大切なことです。
お客さんから受けるストレス
カフェに毎日足を運ぶ人とは、どんな人でしょうか?
静かにコーヒーを楽しむ老紳士、近所に住んでいる主婦の方、仕事帰りに立ち寄るOLさん・・・お店の雰囲気に惹かれて、自分だけの時間を過ごすためにやって来る人もいれば、店主とのおしゃべりを楽しみに来る人もいます。
しかし中には、鬱々と悩みこんでいて、お店にやって来る人もおられます。常連客になったお客さんの中には、仕事上のグチからプライベートの関係まで、悩み全般を店主に相談する人もいます。
お店という場所は、日々の生活で疲れ、傷ついた人たちの癒しの場という要素を持っています。そして店主には、カウンセラーとしての役割が求められることがあります。カフェを運営していく中では、お客さんが持ち込むマイナスを引き受け、それをプラスに転化していくという強さも必要ですが、日々のお店の運営について頭を悩ませている店主が、それをどこまで引き受けられるのか、と悩むこともあるでしょう。
また、他のお客さんに不用意に話しかけたり、迷惑をかけたりする人が、毎日のようにお店に来られることがあります。こうしたお客さんがカウンター席に座ると、店主は何かしらの対応をせざるを得ません。特にお酒を出すお店の場合には、お酒の勢いに乗って一線を越え、場の雰囲気を乱す人も混じってくるので、かなり神経を使います。
こういう"厄介なお客さん"は、他ではあまり相手にされていない人であることが多いのですが、お店が立ち上がったばかりでお客さんが少ないとき、店主自身がお店の運営方針に迷いを持っているときには"ありがたいお客さん"として迎えられることがあります。その結果他のお客さんが離れていってしまうということが起こります。
こうした日々の中で、店主自身がストレスを抱えてしまい、精神的に参ってしまうという話は意外によくあります。たった一人の難しいお客さんのためにそれが起こることもあります。お店を続けていくためには、こうしたお客さんへの対応の仕方を身につけておくことと、店主自身の精神面でのケアも大事な要素であるということは、できればお店を始める前に、あらかじめ知っておいたほうがいいでしょう。
共同経営が終わるとき
共同経営という形で、複数のオーナーがはじめたお店が、2~3年して共同経営者が抜けてオーナーが一人になる、というケースをよく見かけます。いろんなことを仕掛けていきたい人とのんびりやっていきたい人とが一緒にお店を始めると、将来のイメージがどんどんズレてくるとか、ディテールに対するこだわりや経営についての意識が噛み合わなくなるとか、どちらか一方だけが人気になってしまうとか、カップルだった二人が別れてしまったとか、いろんな理由があるようです。
バンドや劇団が"方向性の違い"で解散するのと同じように、何人かのオーナーで始めたカフェにも分裂の可能性があります。毎日顔を合わせている分、関係が破綻するまでの期間がバンドや劇団よりも短いように思います。こういうケースを見ると、ゆくゆくずれてくるかも知れない、ということを織り込み済みで始めて、お互いが傷つかずにそれぞれが次の展開に進めればいいのに、といつも思います。
お店を一緒に立ち上げてきた相方がお店を離れると、残ったオーナーが新たにスタッフを集めてお店を回すようになります。この時には、オーナーと新たなスタッフとの間には、対等ではない上下の関係が生まれます。これまでのような「なあなあな関係」ではすまなくなり、人を動かす能力が必要になってきます。
またオーナーは、今まで以上に孤独な存在になります。
ある日テントの中でサイコは思いつめ、深夜スタッフと常連の女の子にそんな悩みを打ち明けてしまった。
「もう、私と同じように店を考えてくれる人はいない」と泣き崩れるサイコに対して、彼らから返ってきた言葉は「当たり前じゃん」というひとこと。店に対する思いと、現実のギャップは開く一方、サイコの孤独な迷走が始まった。
新しいスタッフにとっては「デザートカンパニーはサイコさんのお店」ということが当たり前の事実。初期のスタッフはもう「自分たちの手から離れたもの」という意識を強め始めることとなり、それはサイコ以外の誰かが失敗や失礼なことをしたとしても、すべてがサイコの責任になるということを意味していた。
(塚本サイコ・山村光春「カフェをはじめたくなる本 カフェをやめたくなる本」より)
メンバーが入れ替わり、オープン時の熱い思いや苦労の思い出を共有することができなくなる中で、お店を続けていくモチベーションが失われることがある、ということも、ぜひ頭に置いておいてください。
物件をめぐる"想定外"
収支上の問題によってではなく、物件の契約をめぐる問題から、お店が続けられなくなるというケースもよくあります。
たとえば、物件のオーナーさんが替わった時。火災の発生、油汚れ、ネズミ・害虫の発生、浄化槽のつまりなど、飲食店は物販店やオフィスに比べて管理が大変であるため敬遠したいと考えている人がオーナーになると、何か理由をつけて追い出そうとすることがあります。また物件のあるエリア全体がマンションなどの開発のために地上げにかかると、出ていかざるを得なくなります。こういう時に、オーナーから言われるがままの条件でお店を手放してしまう人もありますが、基本的には借主の方が強い立場であるということは、知っておいた方がいいですね。
余談ですが、2000年の借地借家法の改正により、定期借家契約という形で、契約期間が満了すると更新されることなく借家契約を終了させることができるようになり、借り主が不当に居座る心配がなくなったため、オーナー側に新しい人に貸す機運が高まり、若い人たちによる新しい店が増えている、という状況もあります。ただし、期間限定のお店になってしまいますが…「定期建物賃貸借(2年間、再契約相談)」といったあいまいな条件にはご注意ください。
また、家賃改定という問題もあります。若い人たちがカフェや雑貨店、洋服屋、ギャラリーをオープンさせ、そのエリアが注目されるようになると、資本のあるブランドショップが旗艦店(フラッグシップショップ)として出店するということが起こります。人気のあるエリアに出店してブランドイメージを強くアピールすることにより、単独店舗では赤字でもそのお店の外での取引先や売上を増やすことで事業を成立させる「売らなくてもいいお店」が出てくると、そのエリアの家賃が上がります。
そういうエリアでは、出店して2年経ち、再契約の時期になると、オーナーが家賃の値上げを通告してくることがあります。こういうサイクルに入ってしまうと、賃料負担力の低いお店は、出ていかざるを得なくなります。人通りがなく寂れた場所にお店を構え、頑張ってお客さんを集めたことで資本投下が起こり、家賃が上がり、その場所でお店を続けていくことができなくなる、というのは何とも皮肉な話です。
近隣をめぐる"想定外"
また、近隣の苦情などによって、お店を閉める、または移転せざるを得なくなる、ということも起こります。
僕は中崎町という、大阪の中心近くにありながら、戦災を免れた長屋が建ち並ぶエリアの一角でカフェを運営しています。この町には、レトロな雰囲気の古民家を改装してカフェやショップにしているお店が増えてきています。家賃が安く抑えられたり、セルフビルドで作ることで改装にかかる費用がおさえられたり、といった部分もお店を始めたい若い人たちにとっての魅力になっています。ここでは、古くから住んでおられるご年配の住民と、最近になって外からやって来てお店を開業する若い人たちとが共存していますが、世代間ギャップや価値観のズレなどから、なかなか地域にとけ込めない場合もあります。
中崎町にお店ができはじめたのは10年ほど前。この町に住まなくなった人たちが住居物件を貸すようになったのがきっかけですが、住宅街にお店ができると、町に住まなくなった大家には賃料が入り、町に残った住民は騒音や自転車駐輪などの迷惑を被る、ということが起こります。特に長屋物件は壁が薄く、一本の梁で何軒かの家がつながっているため音が伝わりやすく、近所からの苦情を受けることも多いのです。ほとんどのお店は昼間のみ営業していて、夜間営業やライブイベントなどは自粛しています。
築100年になる倉庫を改修してできたあるカフェでは、少しの音を立てただけでも「うるさい」と、隣人が毎日のように怒鳴り込んで来ました。店の扉のガラスを割って警察が来る騒ぎになるなどして、一時は調停沙汰にまでなっていました。結局このお店は大家が倒産したことにより、中崎町の別の場所に移転しています。古くからの住宅街に出店する場合には、近隣にはかなり注意を払う必要があります。
また僕自身、こんな経験をしたことがあります。
ある雑貨カフェが閉店することになったので、そこを引き継ぐ形で外国人と日本人が文化交流できるカフェとして再オープンさせたのですが、お店がオープンしてから3か月ほどして、近所に良からぬ噂が流れました。それは「あのお店には日々外国人が出入りしていて、売春の斡旋をしている」というものです。もちろん事実無根なのですが、この噂は近所中に流れたようで、警察もやって来ました。今は別の場所に住んでいる大家は「噂が本当かどうかは知らないが、そんなことでうちに何本も電話がかかってくることに耐えられない」と。結局その月のうちにお店を閉めざるを得ない、ということになってしまいました。
お店を出す時には、こういうことも起こり得るので。
そこからは先に行けない店主
永井宏さんの「カフェ・ジェネレーションTOKYO」の中に、「線路ぎわ」という、鎌倉駅のホームに沿った細い道にある手作りの小さな喫茶店の話が出てきます。五人も座れば一杯になるお店で、無口なマスターは好きな音楽を店に流しながら、いつものんびり本を読んで過ごしていたそうです。
客は、学生、スチュワーデス、スタイリスト、編集者、カメラマンといった地元の常連で占められていた。ほとんどがマスターの顔見知りで、これから東京に仕事に行くひとや帰ってきたひとたちが、それぞれマスターと一言二言挨拶を交わすとコーヒーや紅茶を飲み、サンドイッチを摘みながら音楽を聴き、本を静かに読んでいた。みんなマスターのように静かに過ごす午前や午後が好きだった。ただ黙っているのではなく気が向けばいつでもマスターと気楽に話すこともできたから、何も気を張る必要のない気楽さがあったし、その何気ない雰囲気がよかったのだ。
(中略)僕はそこでいままで知らなかった新しいひとたちと出会ったような気がした。東京でそれまで付き合っていた仲間とは違い、地元意識が強く、何か新しいことをみんなで生み出していこうというようなエネルギーがあった。サーフィンやスケートボード、フリスビーで遊び、ときどきみんなで体育館を借りバスケット・ボールをやっているような仲間はいままで僕のまわりにはいなかったし、当時トレンディな職業のひとたちや、そのファッションも含め、湘南の先進的な文化みたいなものを強く意識させた。
僕のように学校を卒業しても仕事につかずぶらぶらしている常連客も何人かいた。(中略)線路ぎわはそんな常連客にとっては都合のいい場所で、いつも顔見知りが誰かしらいるので時間も潰せたし、みんなでああだこうだと様々な夢を語ることもできた。みんな湘南育ちだから、そのイメージや結束力は固く、湘南から何かを発信していきたいという願望がいつも気持ちの中にあった。(中略)僕は余所者だったが、それでも湘南の片隅で何か起こるかもしれないという期待もあって、彼らの話に耳を傾けていた。
僕は二週間に一回ぐらいのペースだったが、その喫茶店に通い続けた。知り合いがいなくとも、自分が湘南の人間になったような気分で本を読んだりする時間を楽しんだ。
(中略)それから半年ぐらい後に、僕は鎌倉に通うことをやめてしまった。鎌倉で何かを始めようとしていたひとたちは、結局何も始められないまま、自分の仕事を探し出したりして、それぞれがばらばらになっていってしまったからだ。僕も彼らと同じように、新しいことに夢中になろうとして、アルバイトを始めた。
(中略)線路ぎわはそれでも変わることなく続いていた。インドの旅から帰ってきて、半年振りぐらいに店に顔を出したら、マスターは以前と同じように静かに本を読みながら、カウンターのなかにいた。「久しぶり」と声を掛けると、マスターも「久しぶりだね」と声を返したが、元気の良い声ではなかった。店にいた客もなんだか以前と変わったように思えた。近所のひとたちが集まっているというよりも、鎌倉に観光に来た若いひとたちといった印象だった。
マスターが店を開いてから、まだ二年しか経っていなかったが、僕を含めみんなの時代は急速に変わっていった。年齢的に学生だった頃とは違う、人生のいろいろなことが始まろうとしていた時期だったから、それぞれがそれぞれの方向に進もうとするのは自然の成り行きだった。それだけに、マスターは寂しかったのかもしれない。ぶらぶらしていた仲間の誰よりも一番最初に外に出ていながら、そこから先には出ていけないというジレンマがあったのだと思う。
数年後には、線路ぎわはなくなって、その掘っ立て小屋のような店はやがて建て直され、僕の知っていたひとたちとは違う仲間の集まるような、新しい喫茶店に生まれ変わっていた。
(永井宏「カフェ・ジェネレーションTOKYO」より)
店主の仕事とは、お店にいて、お客さんを待ち続ける仕事です。
いろんなお客さんがやって来て、いろんな交流が生まれ、そしてそれぞれが人生の新たなステージに進んでいったときにも、相変わらずお店に立ち続ける仕事。
お店を長く続けていくためには、そういう覚悟も、必要なのです。
お客さんのニーズはどこにある?
これまでご紹介してきたのは、お店を経営しているとこういうことが起こるかもしれない、それがお店の存続に大きく影響を与えるかもしれないという、いくつかの事例でした。自動車教習所では、路面状況を自分に都合のいいように判断して危険を予測しない運転を「だろう運転」と呼んでいますが、カフェを始めようとしている人の中にも、自分に都合のいいように、楽観的に経営を考えている「だろう運転」の人が結構おられます。
また、そこまで大きな問題でなくても、自分のやりたい気持ちが先に立ってお店を始めてしまったときに、お客さんのニーズを大きく読み違えてしまう、ということもよく起こります。自分が客の立場にいるときには当たり前に理解できることが、お店を経営していく人のモードになったときにはスッポリと抜けてしまう、という失敗を、多くの人はなぜかしてしまうのです。
次にお伝えしていきたいのは、自分自身の視点を、お店を経営する立場から、客としての立場にいったん置きかえてみることで、「お客さんにはどういうお店が求められているのか」をあらためて考えてみる、という作業の重要性です。
・小さなカフェに入れる?
さて、質問です。
みなさんは、3坪か5坪ぐらいの小さなカフェに入れますか?
こういう質問をいろいろな人にしてみると、「入れない」「入ろうと思わない」という人が、かなりおられます。
店主が友達か知り合いであれば割と気軽に入れるのですが、そうでない場合には、何らかのコミュニケーションを取らずにはすまない小空間に入るのは勇気のいることです。また店主と仲のよさそうなお客さんがいて、楽しそうに話をしていたとしたら、内輪な雰囲気で居心地が良くないのでは、その雰囲気に水をさしてしまいそう、と入るのをためらってしまいます。小さなお店では、よほど空間をうまく作っておかないと、またよほど店主がお客さんに配慮をしていないと、お客さんがリラックスした時間を過ごすことは難しいのです。
また小さなお店では、話の内容が隣のお客さんや店主に聞こえてしまいます。こういうお店は、商談や、大事な話、深刻な話をすることができません。お店を利用するニーズは、かなり限定されたものになってくるのです。
小さなお店の経営は、基本的には常連客中心の商売になります。お酒も出す業態であれば、濃密なコミュニケーションが可能なことで客単価を上げることができるため、一見(いちげん)のお客さんを想定しない営業も可能なのですが、喫茶のみの業態だと、よほど回転率を上げる形にしていかないと、経営として成立させることは難しくなります。また店主には、高いコミュニケーション能力が必要になります。そして空間が狭い分、お客さんから受けるストレスも大きくなります。
実際にある小さなカフェをみていると、お酒を出す業態のほかには、雑貨や本などをセンス良く並べてお客さんに雰囲気を楽しんでもらいつつも、カウンターを置かずにお客さんとのコミュニケーションをあまり取らないようにしているお店なども最近見かけます。
カフェを始めたい人にとっては、10席以内のお店なら1人で回していける、家賃は坪1万円とすれば、3万円から5万円ぐらい、保証金も数十万円程度で済むこうした物件は、お店を自分の手の届くところにあるもののように見せてくれます。
でも、お客さんの心理は、坪単価と床面積の問題として単純に割り切ることはできないということは、理解しておいた方がいいでしょう。
家の近くのカフェに入れる?
さて、次の質問。
みなさんは、家の近くのカフェに入れますか?
この質問にも、「小さなカフェ」同様、入れないと答えられる方が一定の割合でおられます。
特に地域のコミュニティが強いエリアで、常連客が多く、近所のうわさ話が日々飛び交っているようなお店の場合には、そのコミュニティに関わっていない限り、そもそも入ろうとは思わないでしょう。
また、そこでした話が誰に聞かれているかわからないとか、人と話したくはない気分の時には使えないとか、店主やほかのお客さんとお店以外で遭遇する可能性が高くて面倒くさいとか、いろんなデメリットが想定されます。
特に面倒なのが、家を出て最寄り駅に行くまでに、必ずそこを通らないといけない、という位置にあるお店です。
これはカフェよりも美容院の方がよく分かりそうですね。お洒落な美容院の場合、ガラス張りのお店が多いので、前を通りかかるとお店の人とよく目が合います。こういう美容院に行きつけになると、その後別の美容院で髪を切るようになると、そのお店の前を通るたびに気まずい思いをするようになります。あえて無視して通ったり、遠回りしてそのお店の前を通らないようにしたりしそうですね。
カフェでも、いったんそういうお店に入って店主と知り合いになると、そのお店の前を通るたびに「今日は寄っていかないんですか」というプレッシャーを感じるようになります。このような「関所」にあるお店に対して、お客さんはしょっちゅうそのお店に寄るか、まったく立ち入らないかのどちらかを選択するようになります。
こういったお客さんの心理については、都心にあるカフェにはあまり関係ないかも知れませんが、郊外や住宅地にお店を出そうと考えている人や、コミュニティカフェを作って地域の人たちの憩いの場にしようと考えている人は、頭においておいた方がいいでしょう。昔からの喫茶店の中に、表通りではなく、路地を少しだけ中に入った場所に立地しているお店が多いのは、そういうお客さんの心理を考慮してのことなのでしょう。